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「独断、独奏」9/28

9月28日四谷茶会記の「独断、独奏」を終えて。

 私は、サックスを演奏する時の感覚として

サックスを自分とその周りの世界をつなぐ道具として捉えている

ところがあります。

この楽器は、息を吹き入れることで音が発生しますが

鳴る瞬間の出来事は、アンブッシャー(くわえかた)で決まり

その状態によって、音の響き方の質が大きく変化します。


 音が出た瞬間に、”今、この場所”との関係がはじまります。音を出す少し前のインスピレーションからへたイメージと、実際に出た音とのズレを調整しつつ、その瞬間のリアルな行為を続けること、そしてその時の創造的な気持ちを出来る限り持ち続けること。そのことがテーマとしてありました。


 生み出した音は外の空間に響き、観客と共にその音を共有します。

この時、その延長線上の音を想像しようと演奏を続けると、あるイメージの音の空間を作ろうとする別の演奏行為へ移ってしまいます。”瞬間のリアルな行為と繋がる“ための自分と楽器の接点への意識が薄れていきます。結果的に外の基準におもねることになり、そのことは演奏のポイントにしていました。

 またその反面、真逆の思考で自分を意識しすぎないという観点も自分の中に持つことを意識しています。相手、外側との境界をぼんやりと感じ流れに身をまかせ、自分が創造の道具となり、インスピレーションを感受し、身体が通り道となって排泄するそんな表現もイメージとして持ちました。


この表現をするためには場を整えた方がよいと思い、店主に雑巾をお借りして、会場の床や椅子の掃除をしたり、服装もいつもよりも考えて、1回目のステージは正装で、2回目は、シンプルな上下に裸足にしました。演奏の最後に少しだけ、知人に書いた曲、そして最近、詩に興味を持ったことから、ある人の詩から作った曲を演奏して、ライブを終了しました。


 わがままなタイトルですが、自分の基準をもってとことん演奏することを考えこのタイトルにしてみました。

 

次回は、その逆のチャレンジもしてみたいと思います。

 出した音の響きを共有して、その音が向かう方向に、とことん身を委ねてみるのもよいのかもしれません。

 



by taimusic | 2018-09-30 20:23 | ライブ
 是安則克さんを偲ぶ。

 初めて是安則克さんと出会ったのは、今から30年前、数字を書くと随分と月日が過ぎたなあと
感じますが、感覚的にはついこの間のような気もします。

 私がジャズドラマーのジョージ大塚さんのバンドをやめた頃に、前後してジョージさんと共演をしていたジャズピアニストの大給桜子さんに声をかけていただき、吉祥寺のサムタイムに出演したのが是安さんと知り合った始まりでした。大給さんと是安さんと私の3人で、スタンダードや当時、ミッシェル・ペドルチアニが注目されていた頃で、その辺りの曲を演奏してました。残念ながら4ヶ月ほどでクビとなり、その後に是安さんと再会したのは、私がアメリカ留学から帰国して5、6年経ってからでした。
 当時の私は、デューイ・レッドマンにハマっていて、デューイの音楽を通じてオーネット・コールマンのフリーなジャズも知っていましたが、音楽的にはまだまだジョージさんの所で学んだスイングして歌うスタイルで演奏していたので、是安さんのベースの本当のよさは当時の私にはよく解らないで演奏していたと思います。当時の私は生意気で「変わったフィーリングのベーシストだなあ」と思いながら共演していて、その時の是安さんのベースから感じたチャーリー・ヘイデンの印象が残っていて、後に共演をお願いすることになります。

 毎回、ライブで会うと「おう!」と凄みのある声で声をかけてくれて、後はほとんど話をした記憶がありません。
それでも是安さんの言葉で記憶に残っているのは「お前は、思ったように演奏すりゃいいんだよ」のような、、ちょっとニュアンスが違うなあ、
何かそのような内容のことを言ってくれたように記憶しています。
 後でこの時期の是安さんはお酒で大変だったと人から聞き、そうだったかと当時の是安さんを思いうかべます。吉祥寺のサムタイムは地下にあり、階段を降り薄暗い店内に入ると、すぐ左にテーブルがあり、そこに物静かに、でも凄みのある是安さんが座っていたのを思い浮かべます。やはり今思い返してもかっこ良かったな。

 私がアメリカ生活を終え帰国し、自分のバンドを組んでオリジナルを演奏していた頃、いつもイメージにあったのがチャーリー・ヘイデンのベースでした。それは当時、影響を受けていた2000年前後のNYのダウンタウンシーンの彼らの音楽のベースに、オーネットから通じるジャズのエッセンスを感じていて、チャーリー・ヘイデン、ポール・モチアン、デューイ・レッドマン、ビリー・ヒギンズ、、かれらが、様々な形で当時のジャズシーンに影響を及ぼしていたものが、NYのダウンタウンの若い世代のジャズシーンにも影響をあたえていて、それがバックグラウンドになっているように感じていました。
 私がいままで東京で演奏活動してきて、ヘイデン好きなベーシストはいても、そのような音楽性を持ったベースを弾ける人は、当時の自分の周りにはいなくて、唯一そのようなベーシストを弾いていたのが、是安さんでした。
 そんな是安さんとの共演の記憶をたどり、知人のミュージシャンを頼り、是安さんの連絡先を知っている人を探しました。
その過程で、当時お酒で大変だったこと、その後の病気から克服されたことを聞き、もしかしたら当時の記憶は残っていないかもしれないという話も聞き、そんな中で是安さんに電話をかけてみました。
 電話に出た是安さんは、当時のことを覚えていてくれて、あの気さくな是安さんの話し方で、話をしてくれたように、記憶しています。
 共演をお願いするにあたり、自分が活動している小さなお店で演奏してくれるだろうかと不安でしたが、快く共演を承諾してくれて、本当に嬉しかったです。
 是安さんとの再共演が、ここからスタートします。
 当時、自分の音楽は自分のサウンドで表現しなければと考えていて、自分のイメージした響きで、ひたすら演奏していました。最初のうち是安さんは、様子を伺っていましたが、そのうちに是安さんの中で「解った」と思ったのか、それからは演奏中、ベースで「これはどうよ!、それってどうなの」というような問いかけが、音の中に聞こえてきて、それからは、問いかける是安さんと向き合う演奏になっていきました。この体験は、自分の音楽活動の中でとても大きな体験となり、それまでそんな問いかけを音楽の中でしてくる共演者は、いなかったのです。
 是安さんが音楽を演奏するということは、音での会話で、理想の音の響きを追い求めることも大切だが、ジャズ(ジャズという枠のみにはめることはないですが)は、音での会話ということを音で示してくれました。

 是安さんはいつもベースの響きのことを考えていて、それは単に自分の出したいベースの響きというだけではなく、共演者との間、場所の響きを含め音楽全体として是安さんがほしいベースの音を探していて、演奏前、ステージの間の休憩中など、アンプの上に乗せたイコライザーをずっと調整していました。
 大抵、演奏が進むに連れて,音の環境が良くなっていき、それぞれの音がよく聞こえ,なおかつアグレッシブな部分も生きる場になっていました。
 時々、ベースアンプやイコライザーも変えていて、ベースの音にまつわる道具を日々、研究していたことを思いかえします。

 是安さんと再演することで、自分が求めていた音楽を演奏できるようになったことのみならず、演奏で向き合うことを教えていただき、そのことがアメリカに向いていた音楽の意識から、日本ならではの、今ここで生まれる音楽を演奏する、そういう方向性に転換する大きなきっかけになりました。
 その後自分のバンドは、コードレス編成になり、ドラムの橋本学くんと3人で新宿ピットインや横浜エアジン、稲毛Candyなどで活動していきます。この3人に唯一加わって演奏したのはピアニストの浜村昌子さんとスイス人ピアニストのクリス・ウィーゼンダンガーさんでした。
 
 2011年に、是安さんが他界し、そのロスは大きかったです。是安さんの代わりになるベーシストはいなくて、是安ロスに陥ったミュージシャンは沢山いました。
 最後の頃には、音楽的な相談も聞いてくれたり、加藤さんやシューミーさんとの出会いも、是安さんが「シューミーの歌を聴いてみ!凄いから」と勧めてくれて、聞きにいったことがきっかけでした。
 
 巡る月日の中で、変わらぬ印象とそれが深まっていくこともあるとこの文章をかきながら感じています。

合掌!!

2018年9月23日是安則克氏、命日。
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かみむら泰一


by taimusic | 2018-09-24 05:34 | 音楽

Mr. Dewey Redman.

by taimusic | 2018-09-22 03:13 | 日記

強い勢力の台風21号、各地で猛威を振るっています。

明日の昼前には、日本を過ぎるようです。


 明日は、久しぶりに自分のライブを企画しました。

サックスのワンホーントリオで、メンバーはいつも阿佐ヶ谷マンハッタンのJam sessionで共にホストを担当する

ベースの山口裕之さん。彼は、ここ数年マンハッタンのJam session ホストを中心としたメンバーで組んだ自身のバンドの活動をしていて、今年の7月に1st CD「Thursday night sextet・Inner Perception」をリリースしました。そしてドラマーはtpの伊勢崎賢治さんのバンドで共演している若手ホープのドラマー、坂本貴啓くんです。自分のバンドでは歌も歌い、様々な音に興味があり、様々な音の出るものを集めて面白いドラムを叩きます。

 なかなか面白いバランスのトリオだと思っています。

 

 今年の夏には、初めて新潟市や山形県の出羽三山に出かけ上信越から東北の日本海側の空気を感じ、夏の終わりには個人的に忘れられない大きな出来事があり、新曲をかく事にしました。タイトルは「Life」とつけました。

 明日は、「Life」を含めオリジナルやジャズスタンダード、オーネット・コールマンの曲を通じて

ある人へのトレビュートライブにしたいと思っています。


9.5wed.19:30-@国分寺M's Cafe
かみむら泰一 スタンダードジャズトリオ (with Ornette)
かみむら泰一(ts&ss)山口裕之(bass)坂本貴啓(drums)
MC2000+order+TC300
東京都国分寺市本町2-7-5明星ビルB1
042-325-7767


by taimusic | 2018-09-04 22:38 | ライブ

Mr. Dewey Redmanの命日!

今日、2018年9月2日は、2006年に75歳で他界されたDewey Redmanの命日です。

 アメリカ・テキサス州フォートワース生まれのデューイ・レッドマンは、オーネット・コールマンと同郷で、高校生の時に出会い、当時はチャーリー・パーカーらのビバップが全盛期の時代でみな多大な影響を受けたようです。
 Dewey Redmanの特徴は、何と言っても美しいトーンです。心に響くあの音は、何にも変え難くそしてスイングする。デューイのフレーズ,音符は、4ビートのリズムの上で、ビバップ後のスタイルだと聴いてわかるのに、ビバップの方法論では演奏していない。どうやったらこんな風に演奏ができるのかと、当時はデューイを聞くことで学んでいました。
 今では、オーネットのアプローチから発展してきた語法だということがわかります。
 ただオーネットと違う点は、デューイは根っからのテナーサックスプレーヤーで、もっと言うと”ジャズ”サックスプレーヤーです。
語法はビバップの方法論で演奏していないので、一般的なジャズサックスプレーヤーに評価されていないところがありますが、サックスという楽器を、往年のジャズジャイアントからしっかりと学び取った人で、ジャズサックスを独自な視点から深め、自分のスタイルを築きあげたサックスの名手の1人です。
 トーン、ビブラート、イントネーションなど、身体の深いところで、楽器を響かせることを理解していることが、あの素晴らしい演奏のベースにあります。

 私は、20代前半の頃にキース・ジャレットのアメリカン・カルテットでデューイ・レッドマンの演奏を耳にしてから、ずっと彼の演奏のファンになりました。
「宝島」というアルバムで、その後は彼の入っているものを聴きあさり、ついには
Old and New Dreamsというオーネット・コールマンのサイドメンバーが集まったバンド(Dewey Redman sax,Don Cherry tp, Charlie Haden b, Ed Blackwell dr)の来日公演を聴きに行きました。会場は今はなき六本木ピットインで、80年代後半だったと思います。
 六本木ピットインは、六本木の交差点を東京タワーに向かって歩き、高速道路に出る少し手前の左側のビルの地下1階にありました。
その頃は、ジャズドラマーのジョージ大塚さんのバンドで六ピに出演していた関係で開演前から店内に入れてもらえて、遅れてデューイ・レッドマンが店に到着すると、奥の楽屋に入っていき、その途端に、ガヤガヤと大声で盛り上がっていたのを思い出します。
 この時のドラマーは、ポール・モチアンでした。
 デューイの地の底から聞こえてくるようなテナーサックスの響、チャーリーヘイデンが客席に背を向けて、壁に向かってベースを弾いている姿は今でも鮮明に記憶に残っています。
 その後にデューイとあったのは、私が留学した90年代のボストンで、ドラムのマット・ウィルソンのバンドでボストンにきていて、その時のベースが井上陽介さんでした。
デューイはずっとワインを飲んでいてライブ後も上機嫌で、当時のバークリーの仲間の数人で聞きに行き、一緒に撮った写真がどこかに残っています。
 そして、2000年前後にNYに住んでいた頃には、デューイのライブを聴きに行き、「教えてくれないか」と緊張しながらも声をかけて、電話番号を教えてもらったのですが、その時のやりとりはとても印象的で、デューイの人柄に触れるよい機会でした。後日ドキドキしながら何回か電話をかけてみましたが、毎回の留守番電話で10回目の時に、これが最後だと思いながら電話をかけたら、本人が、、、出たのです。びっくりしました。
 その後何度か、ブルックリンの自宅にレッスンに伺い、サックスの音について薫陶を受けました。
 いつも話してくれたことは、コルトレーンがいかに素晴らしかったか?ということを、自身がコルトレーンと会った時のエピソードと共に話してくれたこと音、サウンドのことでした。
 また多くの優れたサックスプレーヤーの生の演奏を見聞きして、自分はサックスを学んだことを話してくれました。
 音楽=サウンドが全てというデューイの言葉が、今の私の心情となっています。

 Thank you Mr. Dewey Redman!
Your music will be engraved in our heart forever.

taiichi kamimura
 

by taimusic | 2018-09-03 00:28 | 音楽