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Mr. Dewey Redmanの命日!

今日、2018年9月2日は、2006年に75歳で他界されたDewey Redmanの命日です。

 アメリカ・テキサス州フォートワース生まれのデューイ・レッドマンは、オーネット・コールマンと同郷で、高校生の時に出会い、当時はチャーリー・パーカーらのビバップが全盛期の時代でみな多大な影響を受けたようです。
 Dewey Redmanの特徴は、何と言っても美しいトーンです。心に響くあの音は、何にも変え難くそしてスイングする。デューイのフレーズ,音符は、4ビートのリズムの上で、ビバップ後のスタイルだと聴いてわかるのに、ビバップの方法論では演奏していない。どうやったらこんな風に演奏ができるのかと、当時はデューイを聞くことで学んでいました。
 今では、オーネットのアプローチから発展してきた語法だということがわかります。
 ただオーネットと違う点は、デューイは根っからのテナーサックスプレーヤーで、もっと言うと”ジャズ”サックスプレーヤーです。
語法はビバップの方法論で演奏していないので、一般的なジャズサックスプレーヤーに評価されていないところがありますが、サックスという楽器を、往年のジャズジャイアントからしっかりと学び取った人で、ジャズサックスを独自な視点から深め、自分のスタイルを築きあげたサックスの名手の1人です。
 トーン、ビブラート、イントネーションなど、身体の深いところで、楽器を響かせることを理解していることが、あの素晴らしい演奏のベースにあります。

 私は、20代前半の頃にキース・ジャレットのアメリカン・カルテットでデューイ・レッドマンの演奏を耳にしてから、ずっと彼の演奏のファンになりました。
「宝島」というアルバムで、その後は彼の入っているものを聴きあさり、ついには
Old and New Dreamsというオーネット・コールマンのサイドメンバーが集まったバンド(Dewey Redman sax,Don Cherry tp, Charlie Haden b, Ed Blackwell dr)の来日公演を聴きに行きました。会場は今はなき六本木ピットインで、80年代後半だったと思います。
 六本木ピットインは、六本木の交差点を東京タワーに向かって歩き、高速道路に出る少し手前の左側のビルの地下1階にありました。
その頃は、ジャズドラマーのジョージ大塚さんのバンドで六ピに出演していた関係で開演前から店内に入れてもらえて、遅れてデューイ・レッドマンが店に到着すると、奥の楽屋に入っていき、その途端に、ガヤガヤと大声で盛り上がっていたのを思い出します。
 この時のドラマーは、ポール・モチアンでした。
 デューイの地の底から聞こえてくるようなテナーサックスの響、チャーリーヘイデンが客席に背を向けて、壁に向かってベースを弾いている姿は今でも鮮明に記憶に残っています。
 その後にデューイとあったのは、私が留学した90年代のボストンで、ドラムのマット・ウィルソンのバンドでボストンにきていて、その時のベースが井上陽介さんでした。
デューイはずっとワインを飲んでいてライブ後も上機嫌で、当時のバークリーの仲間の数人で聞きに行き、一緒に撮った写真がどこかに残っています。
 そして、2000年前後にNYに住んでいた頃には、デューイのライブを聴きに行き、「教えてくれないか」と緊張しながらも声をかけて、電話番号を教えてもらったのですが、その時のやりとりはとても印象的で、デューイの人柄に触れるよい機会でした。後日ドキドキしながら何回か電話をかけてみましたが、毎回の留守番電話で10回目の時に、これが最後だと思いながら電話をかけたら、本人が、、、出たのです。びっくりしました。
 その後何度か、ブルックリンの自宅にレッスンに伺い、サックスの音について薫陶を受けました。
 いつも話してくれたことは、コルトレーンがいかに素晴らしかったか?ということを、自身がコルトレーンと会った時のエピソードと共に話してくれたこと音、サウンドのことでした。
 また多くの優れたサックスプレーヤーの生の演奏を見聞きして、自分はサックスを学んだことを話してくれました。
 音楽=サウンドが全てというデューイの言葉が、今の私の心情となっています。

 Thank you Mr. Dewey Redman!
Your music will be engraved in our heart forever.

taiichi kamimura
 

by taimusic | 2018-09-03 00:28 | 音楽