新たな年をむかえました。
皆さん、いかがお過ごしでしょうか?
今年は、東京郊外の自宅にて年を越しました。
昨年は京都で厳かな年越しをしたのが
懐かしく思います。
昨年の2024年5月末まで約3年弱
東京から京都に移住し、その間関西と関東を
行き来し音楽活動を行ってきました。
京都を去る前に関西のオーネット活動など
まとめた動画を作りたかったのですが間に合わず
東京に移ってからとなり、今回はブログで
ここまでのオーネットに取り組んできたものを
振り返りたいと思います。
京都で味わった和菓子の話題も取り上げてのご報告と
したいところですが、今回は真面目にオーネットのみにて、、
今から約60年前、1958年に録音されたアルバム
Something Elesでオーネットはジャズ界に登場し
一大旋風を巻き起こしました。
そこからさらに60年前の1900年初頭に
アメリカ南部の都市ニューオリンズでジャズは生まれます。
現在は2024年でおおよそ60年の周期で現在に至ります。
60年代といえば第2次世界大戦後アメリカは
ベトナム戦争に介入し国内ではベトナム戦争反対運動
公民権運動、フェミニズムの運動が盛んに行われていました。
世界に目を向けると50年代のキューバ革命、世界各地で
植民地からの独立など起きた時代にオーネットのFreeなJazzは生まれます。
今の時代に目を向けるとインターネットが普及しいまやAIの時代となり
一部では量子コンピューターも使われる時代となり
自由という言葉の意味するところも時代とともに
大きく変わってきました。
グローバリズムが騒がれる時代の流れの中で
様々な問題が起き世界では戦争や紛争が絶えません。
オーネットが生みだしたFree なjazzを今の時代に照らし合わせて
考えてみるのですが、ジャズの歴史が西洋音楽を克服して発展し
50年代末に行き詰まりそれを打開すべく新たな方法として
生み出されたのがモードやフリーの手法ですが
そこからジャズは時代とともに様々な音楽と融合し
この60年の間に世界中の様々な地域で独自の発展を遂げてきました。
今現在広くジャズをシェアする方法としては
西洋音楽の調整音楽の方法論を元にしたものが一般的に普及していますが
ここには少なからず近代以降に生まれた問題が絡んできます。
その一つは調律です。平均律の問題。
平均律を元にシステム化される音楽。
だからこそ、そこから距離を置く音楽、独自な音楽が
模索される状況が今の東京の音楽シーンを見ていて感じます。
これらについては、別の機会に取り上げることにして
関西での活動を振り返りたいと思います。
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東京に戻り7月からオーネット・コールマン
jam Sessionをスタートさせましたが
演奏を始めてみて感じたことは、音楽を育む皆さんの
音楽に対しての愛(気持ち)の表し方に土地柄が出ることでした。
関西では人の生き方が土地に根付いているように感じたこと。
その土地の重力から自由になり羽ばたく距離感をそれぞれが解釈し
演奏されているように感じ、関西では土地と人との
繋がりを感じることがありました。
東京の郊外に生まれ育った私には初めての経験で
土地と共に生きる感覚は心地よく安心感がありました。
関西に比べて東京は土地に根付いた生活というよりも
東京の巨大なエネルギーの中で、自分の生き方を見つけて生きる印象で
どこか東京にも安心して住める土地、場所もあるのかもしれませんが
進化させる都市機能の中で土地と人の関係に縛られずに、その分自由な解釈で
物事に取り組める環境ではあるのかなと思います。
私がオーネットに取り組む中で面白いと思ったことの一つが
ある基準からの”ずれ”というもので、共演者とのズレをお互いに許容し
共存させていくプロセスと重ねてみても面白いですが
西洋音楽のトーナリティーや小節概念などをその基準とみたてて
その基準とは異なる別のアプローチを重ねることで生まれる”ズレ”
から生まれる音楽。
その面白さや美しさを表現できないかと奮闘していますが
現在東京に戻り再びオーネットの活動を再開し
じわじわと挫折感を味わっております。
今言えるのは、オーネットではなく
私個人の基準が問題となってきており
オーネットの先行研究から
今は実践の場での活動を問われています。
別の観点の話に映りますが
ジャズという音楽は、音符を使って会話し自己表現をする
音楽として発展してきましたが、そこで使われる言語
(ジャズ言語)が調整音楽の範囲から外れた音であっても、
それが個人が反映された音(自身が求める表現)であれば、
そこには聞くに値するものがあり、そのように自由な表現を
尊重した音楽を突き詰めていくと、より音そのもの表現、即興演奏に向かうのが
自然な流れだと思いますが、私がオーネットにこだわる理由は、
何かしらジャズが育んだ音符による音の会話の要素が生きる音楽に
面白さを感じ、その可能性に興味を持ったからだったのですが
最近は音楽言語としての音の認識を広げる必要性も感じております。
東京の阿佐ヶ谷のマンハッタンでスタートした
オーネット・コールマンjam sessionは、現在入谷なってるハウスでも
始めました。より多くの皆さんとシェアする中で
オーネットのハーモロディクスが持つ可能性から
新たな時代の音楽に相応しいものを見出していけたらと思っています。
